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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)1411号 判決

控訴人兼被控訴人(以下、第一審原告という) 田代惣一

同 田代マツ

右両名訴訟代理人弁護士 宍戸博行

〈外一名〉

被控訴人兼控訴人(以下、第一審被告という) 関東交通株式会社

右代表者代表取締役 保坂正七

被控訴人兼控訴人(以下、第一審被告という) 浅井敏夫

右両名訴訟代理人弁護士 佐藤貞夫

〈外一名〉

主文

一、第一審原告らの控訴をいずれも棄却する。

二、原判決を次のとおり変更する。

(1)  第一審被告らは、各自、第一審原告田代惣一に対し金三八万五、九九四円およびこれに対する昭和四七年五月一二日より完済までの年五分の割合による金員、第一審原告田代マツに対し金三三万八、三八三円およびこれに対する昭和四七年五月一二日より完済までの年五分の割合による金員を支払わなければならない。

(2)  第一審原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は第一、第二審を通じて一〇分し、その九を第一審原告らの、その余を第一審被告らの各連帯負担とする。

四、この判決の第二項の(1)にかぎり仮に執行することができる。第一審被告らにおいて第一審原告らのため各別に、各自、金三五万円の担保を供するときはこれを免れることができる。

事実

第一審原告ら代理人は、「原判決のうち第一審原告らの敗訴部分を取り消す。第一審被告らは連帯して、第一審原告田代惣一に対し、第一審での勝訴の部分を含め金六一六万九、九〇二円およびこれに対する昭和四七年五月一二日から完済にいたるまでの年五分の割合による金員、第一審原告田代マツに対し、同じく第一審での勝訴の部分を含め金五八五万一、三〇二円およびこれに対する前記の日から完済にいたるまでの年五分の割合による金員を支払わなければならない。訴訟費用は第一、第二審とも第一審被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、かつ、第一審被告らの控訴に対し控訴棄却の判決を求め、

第一審原告ら代理人は、第一審原告らの控訴に対し控訴棄却の判決を求め、かつ、「原判決のうち第一審被告らの敗訴部分を取り消す。第一審原告らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、第二審とも第一審原告らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠の関係は、次に付加・訂正するほか、原判決書の事実欄に記載されているのと同じであるから(≪証拠訂正省略≫)、これを引用する。

(第一審原告らの主張)

一、損害賠償制度の窮極的理念ともいうべき損害の公平な分担の実現として過失相殺が認められているのであるが、これを適用する場合には、その一般準則を追求し、その適用を可及的に定型化して、同種事件の被害者間の公平をもはかることが必要である。ところで、本件事案における第一審被告浅井の過失と訴外弘の過失の程度および従前同種事件についてなされた裁判例とを比較対照すると、訴外弘に五割の過失があるとみるのは過大であり、これはさらに軽減されるべきである。

二、訴外弘の葬儀費として第一審原告惣一が支出したのは、さきに主張したとおり合計三一万八、六〇〇円である。かりにその点についての具体的立証がなかったとしても、葬儀費として最低二〇万円の支出を余儀なくされるのは公知の事実であるから、その限度までは当然に認容されるべきである。

(第一審被告らの主張)

一、本件交通事故の事実関係は次のとおりである。

(1)  第一審被告浅井は、本件加害車両を運転し事故現場に差しかかった際、折柄停車中のバスを追い越して対向進行してきた自動車をやりすごすため、バスの手前五、六メートル、すなわち右対向車が通過できる程度の余地を残して完全に一時停車したのちに発進し僅かに一〇メートル位進行したばかりで本件事故が発生したのであるから当時はまだせいぜい二〇ないし三〇キロの時速しか出ておらず停車中のバスの傍を時速約四〇キロの速度のままで通過した事実はない。このことは、加害車両の印したバスの直後から停止するまでのスリップ痕が左四・五メートル、右八メートルしか存しないことによって明らかである。

(2)  本件事故の発生は一一月五日午後六時四〇分ごろのことであり、付近は辺ぴな田舎道でさしたる灯りもなく、すでに暗くなっていたので、加害者たる第一審被告浅井においてバスからの降客があったかどうか、あったとしてもその動静をはあくするのが困難であり、ましてやバスの裏側にいる被害者たる訴外弘のそれはバスの車体にさえぎられ全くその視界に入らないという状況にあった。これに対して、被害者側からは加害車両の前照灯によって車両が近づいてくるのが容易に判明するのであり、しかも高校一年生という年令は車両による危険の有無およびその回避について最高の知識と判断力、行動力を備えているはずである。そして、バスの後蔭から突然反対車線に飛び出した訴外弘の行為は、ほとんど自殺行為に近く極めて軽卒な行動であって、その過失の程度は著しく重大であるといわなければならない。

(3)  右のような事情が斟酌されて第一審浅井に対する刑事処分も罰金五万円という、この種の死亡事故に対する処罰としては甚だ軽い刑を受けるにとどまったのである。

(4)  上記(1)ないし(3)の事情を総合するときは、被害者たる訴外弘の過失を七割とみるのが相当である。

二、損害額の算定に関して以下に述べる問題がある。

(一)  近来年少者の逸失利益についてはその額の算定につき不確定要素が多いため、できるだけ控え目な方法(収入額については少な目に、支払額については多い目に、算出期間については短か目にする)がとられるという一般的傾向にある。本件については、とくに次のような点が考慮されるべきである。

(1) 第一審原告らは、訴外弘の稼働期間を満一八才から満六五才まで四七年間とするが、特段の事情がないかぎり不確定要素の多い年少者の稼働期間は満二〇才から満六〇才までとするのが合理的である。ことに第一審原告惣一は訴外弘を体育大学に進学させる予定であったというのであるから、むしろ大学卒業時の二二才を始期とすべきであろうが、予定どおり大学に進学できるか否か未確定だというのならば、高校卒一八才と大学卒二二才の中間の二〇才とするのが最も合理的であり、またかりに一六才を稼働始期とする場合には、その終期は満六〇才とするのが相当である。

(2) 第一審原告らは、訴外弘の収入を年令区分ごとに変動させているが、訴外弘のような年少者の場合には不確定要素が多いのでそれほど正確性が保障できず無意味である。したがって、多くの裁判例が採用しているように全産業(男子)労働者平均賃金に固定させる方法で十分であり、その方式によれば年額金八六万一、六〇〇円である。

(3) 今日いわゆる夏期手当、年末手当等の「平均年間特別に支給される現金給与」が実質的には生活給であって、生活費と関係のない余録でないことは公知の事実であるから、右特別給与からも本人の生活費を控除するのが相当である。しかるときは、右特別給与を含む全収入の五割をもって本人の生活費とすべきであり、右控除後の純利益は年額金四三万〇、八〇〇円となる。

(4) 第一審原告らは逸失利益の現価を算出するため、中間利息相当額を控除する方法としてホフマン方式によっているが、右利息控除の前提となる預貯金がすべて複利計算となっている今日、これを無視して単利計算によるホフマン方式を適用するのは誤りであり、とくに本件のように長期間の場合には系数が二〇を超える三六年以降は賠償金元本から生ずる利息だけで年間の逸失利益を超えることになって甚だしく不合理である。もっとも、収入を初任給に固定するならばともかく統計上の平均賃金を基礎とするときは、ライプニッツ方式によって算出すべきであり、同方式にもとづき中間利息を控除した現価は金六〇八万一、五一七円である。

(5) 第一審原告らが訴外弘の死亡による損害として逸失利益の相続を主張するときは、その反面において支出を免れた訴外弘の養育費を右逸失利益中より控除するのが当然の論理的帰結である。ことに収入を統計上の平均賃金に求めるときは成人者との間に差が生ぜず、すでに確定収入を得ている者と将来どうなるか判らない者との間に差がないというのは合理的でないから、その間の均衡をはかるうえからも養育費を控除するのが相当である。しかるときは、その額は訴外弘の死亡時の年令が一六才であったから月額一万円を相当とし、満二〇才までのライプニッツ方式による中間利息を控除した現価は金四二万五、五〇八円であるから、これを前記逸失利益額から控除するときは、金五六五万六、〇〇〇円となる。

(二)  死亡した被害者が一家の主柱であった場合などには第一審原告ら主張のとおり慰藉料額を合計四〇〇万円とするのも相当であるが、未成年の子を失った場合には本件諸般の事情を斟酌してもなお合計三〇〇万円をもって相当とする。

(三)  前記逸失利益および慰藉料に第一審原告ら主張の葬儀費のうち原判決の認定した金一五万八、七〇三円を合計すると、損害総額は金八八一万四、七一二円となり、右金額に前記過失割合を適用すると、第一審被告らの賠償責任額は金二六四万四、四一三円となり、すでに自賠責保険金五〇〇万円を受領した本件にあっては、第一審被告らの未払額は存在しないことになる。

(証拠の関係)≪省略≫

理由

一、本件事故の発生、同事故の発生状況、同事故に対する第一審被告浅井敏夫の過失の判断ならびに第一審被告両名に対する民法および自動車損害賠償保障法による損害賠償義務(慰藉料に関するものを除く)の判断については、次に付加・訂正するほか、原判決書に記載の右各判断と同じであるから、当該部分(原判決書理由一ないし三)を引用する。

(1)  原判決書七丁表八行目の「被告浅井敏夫が」とあるのを削り、これに代えて「訴外田代弘が第一審被告浅井敏夫の」を、同七丁裏二行目の「被告浅井敏夫」とあるのを削り、これに代えて、「原審および当審における第一審被告浅井敏夫」を、同七丁裏五行目の「那須町」とあるのを削り、これに代えて「南那須町」を、同八丁表一、二行目の「減速・徐行はせず」とあるのを削り、これに代えて「その直前に右バスの停車位置付近を対向車一台が進行してくるのを見たため、いったん減速・徐行し、右対向車とすれ違ったのち再び加速し」を、同八丁表七行目の末尾に「原審証人福永洋一の証言のうち、事故直前第一審被告浅井敏夫がその運転する自動車を一時完全に停止して発進した旨の供述部分は、当審における第一審被告浅井敏夫本人の供述に対比するときは見誤りか錯覚かによるものと認められるのでこれを採用せず、他に右認定を妨げるのに足りる証拠はない。」をそれぞれ付加する。

(2)  第一審被告らは、訴外弘の稼働期間を満二〇才から満六〇才までとするのが合理的であると主張するが、長期にわたる将来の稼働期間を具体的に認定することは一般的平均的な事例を参考にするとしても結局は推定の域を出ないものであり、可能なかぎり被害者の家庭状況、健康状態その他の事情を斟酌して個別的に認定されるのが望ましいのではあるが、それとても所詮推定に帰着することになるので一般的平均的な事例に拠りがたい特別の事情がないならば、その事例に拠るのがむしろ公平にかなうものというべきである。そて、本件の場合についてみるのに、被害者弘の家庭状況など諸般の事情を総合考慮しても右特別の事情を見出しえないので、当裁判所も原判決理由の示すとおり一般的平均的根拠によって訴外弘が本件事故にあわなければ、少なくとも一八才から六五才まで生存し就労しえたものとみるのが相当であると判断する。

次に第一審被告らは、訴外弘の収入を算定するには全産業(男子)労働平均賃金に固定させ、これを基準とすべきであると主張するが、これまたなるべく具体的事情を考慮するのは望ましいところではあるけれども、それは結局推定の域を出ないものであり、幾分なりとも右推定を精密なものに近づけようとするならば、右同様特別な事情の認められない本件では、統計として存在する年令別平均月間給与額、平均年間特別給与額を基準とするのがより合理的ともいえる本件事案においては、原判決理由の示すとおり右各基準を用いることを不当とすべきいわれはない。また特別の事情がないかぎり、生活費は月間給与によって支弁されるのが通常であり、それが一般の給与体系であるというべきところ、本件においては右除外例となる特別の事情を認めうるものがないので、原判決理由の示すとおり訴外弘の逸失利益を算定するにあたり、その生活費を平均月間給与額のみから控除したのを不当とすることはできない。

さらに第一審被告らは、逸失利益の現価を算出するためには、ライプニッツ方式によるべきであって、ホフマン方式を適用するのは誤りであると主張するが、右の両算定方式にはそれぞれに長所、短所があり、その長所、短所の一現象のみをとらえて、いずれか一方の方式を誤りとすべきではなく、本件においても原判決理由の採った年別式ホフマン方式を排斥し、ライプニッツ方式を採用しなければならないほど後者に合理性があるとは考えられず、当裁判所も本件については原判決と同じく前者によって訴外弘の逸失利益の現価を算出する。

(3)  第一審原告らに対する慰藉料に関する原判決書の記載(同判決書一〇丁表二行目冒頭により同七行目末尾まで)を削る。

(4)  第一審原告田代惣一は、訴外弘の葬儀費として仮に従前主張の額についての立証がなくても、最低二〇万円の葬儀費の支出を余儀なくされるのは公知の事実であると主張するが、当裁判所も原判決理由が示すのと同じく、本件事案において第一審被告らとの関係では合計一五万八、七〇三円の限度が葬儀費として相当な額であると認定する。もとより訴外弘の葬儀に関しては、右に認定した以上の出費があったであろうことは容易に推認しうるところではあるが、加害者等との関係で社会通念上相当とみられる葬儀費の範囲にはおのずから限度があるのであって、前記認定の額は、その立証の内容等に照し、すでに右限度に達しているものと認められ、その限度を超え最低二〇万円を相当とするのが公知の事実であるとはいえない。

二、第一審原告両名が訴外弘の相続人として、同訴外人の死亡した昭和四六年一一月六日各法定相続分に従って二分の一の割合によりその法律上の地位を承継したことは、≪証拠省略≫によって明白である。そうすると第一審原告両名は相続により訴外弘の逸失利益の各二分の一にあたる金六三五万一、三〇二円の損害賠償請求権を承継取得したものというべきである。

ところで、扶養権利者の死亡にもとづく逸失利益を扶養義務者が請求する場合には、右権利者の死亡時から稼働開始にいたったであろう時までの養育費(生活費)は同人が稼働能力を取得するための必要経費であるばかりでなく、同人が生存していたとすれば右義務者において当然負担しなければならないことを考えると、稼働開始後の生活費と同じく、これを逸失利益から控除するのが相当である。これを本件についてみるのに、訴外弘の死亡時の年令が一六才であったから、稼働開始推定時の一八才まで二年間の期間があり、この間少なくとも月額一万円の養育料を要することは当裁判所に顕著であるから、これを年別ホフマン方式によって算出すると、その現価は金四四万六、七一〇円であり、これを第一審原告両名の相続した前記逸失利益より二分の一ずつ控除すると、その残額は各金六一二万七、九四六円となる。

したがって、第一審原告惣一は右相続分に前記葬儀費を加え合計六二八万六、六四九円、第一審原告マツは右相続分六一二万七、九四六円の損害を受けたものというべきである。

三、第一審被告らの過失相殺の抗弁について考えるのに、前記本件事故の原因、態様などを総合するときは、訴外弘の過失の割合は七割とみるのが相当であるから、これにより第一審原告らの前記損害額につきその賠償額を減額すると、第一審原告惣一は金一八八万五、九九四円、第一審原告マツは金一八三万八、三八三円の各請求権を有する。

四、次に、第一審原告らの慰藉料請求について検討するのに、

≪証拠省略≫によると、訴外弘は当時満一六才の高校生であって、その将来に対する第一審原告らの期待は大きく、本件事故から受けた精神的打撃は察するに余りがあるが、他方本件事故の原因、態様その他の事情を考慮するときは、第一審原告らが受けるべき慰藉料は各一〇〇万円が相当である。

五、そして、第一審原告らが本件事故の損害賠償として合計五〇〇万円の弁済を受けたことは当事者間に争いがないから、これを各二五〇万円右請求権の弁済に充当されたことになり、第一審原告惣一については残額三八万五、九九四円、第一審原告マツについては残額三三万八、三八三円となることは計数上明らかである。

六、してみると、第一審原告惣一は第一審被告両名に対しそれぞれ右残額およびこれに対する本訴状送達の日であることが記録上明白である昭和四七年五月一二日から完済にいたるまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の、第一審原告マツは同じく第一審被告両名に対しそれぞれ右残額およびこれに対する右同日から完済にいたるまでの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の各連帯支払を請求しうるものというべきである。

七、よって、第一審原告らの本件控訴はいずれも理由がないので棄却を免れず、また第一審原告らの請求は前項に示した限度において理由があるにとどまるので、原判決のうち第一審被告らの敗訴部分を変更し、第一審原告らの第一審被告らに対する請求を右の限度で認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九三条、九二条および八九条を、仮執行の宣言およびその免脱の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 畔上英治 判事 上野正秋 岡垣学)

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